理研BSIニュース No.36(2007年6月号)

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Brain Network

Alexey Semyanov

シナプス領域外の情報処理

神経回路メカニズム研究グループ
Semyanov研究ユニット
ユニットリーダー
Alexey Semyanov


学習や記憶、意識といった脳の機能は、細胞および分子レベルでの情報処理を基盤としています。ごく最近まで、神経科学ではシナプス生理学が優勢でした。脳は、シナプスにより相互に接続されたニューロンの大きなネットワークであり、主として化学的シナプスとして捉えられ、電気的シナプスとはあまり考えられていません。ニューロンは、シナプス入力の非線形積算器および同時検出器としての機能を果たし、情報はもっぱらシナプス可塑性という形で格納されていると考えられていました。そのため、科学研究においては、前シナプスの神経伝達物質放出のしくみ、および後シナプスの神経伝達物質の受容体の特性が中心的に取り扱われてきました。しかし、神経科学技術の進歩によって「不都合な真実」が表出しました。それは、シナプスの領域外における機能的受容体の発見、そして、さまざまなシナプスの領域内外の配位の解明です。


シナプス領域外受容体

ここ数年、シナプス領域外受容体の特性および機能に関する論文が発表されています。この分野に対する関心の大きさは、世界最大の神経科学学会(米国)で発表されるレポートの数が年々増加していることからも明らかです。以前、我々は、GABAA受容体が海馬における神経ネットワークにおいて、細胞種特異的に情報の伝搬を調節することができることを発見しました。さらに、海馬介在ニューロン軸索における軸索のカイニン酸受容体の活性化が、異所性の活動電位を誘発することも発見しました。現在、我々は二光子顕微鏡法およびグルタミン酸アンケージングの手法を用いて、海馬錐体細胞におけるシナプス領域外のNMDA受容体の機能の研究を進めています。シナプス領域外受容体の存在は、脳細胞がシナプス結合していない場合でさえも、化学信号によって相互に通信できるという興味深い可能性の扉を開きました。さらに興味深い点としては、これらのシナプス領域外受容体は、シナプス受容体(GABA、グルタミン酸など)と同じ作動物質によって活性化することができることが挙げられます。一般的に、その差異は生物物理的特性にあります。シナプス領域外受容体には、親和性がより高く、感度抑圧速度がより緩慢であるという傾向が見られます。このため、臨床的に使用される医薬品も、シナプス領域外受容体を(場合によっては、選択的に)ターゲットにする可能性があります。これは、時折発生する、シナプス生理学者にとっての「不可解な」副作用の説明ともなるのです。


神経伝達物質のスピルオーバー

細胞間の非シナプス情報伝達にとって、機能的シナプス領域外受容体の存在は必須ではあるものの、必要条件としては充分なものではありません。受容体には作動物質源が必要です。いくつかの研究では、実際、シナプス領域外の信号は極めて複雑であることが指摘されています。十年以上も前に、Dimitri Kullmannはグルタミン酸がシナプス間隙から逃れて、隣接するグルタミン酸塩受容体に到達することが可能であると提言しました。この現象は「スピルオーバー」と名付けられ、当初は、シナプス間の漏出のしくみとされました。しかし、最近では神経伝達物質のスピルオーバーは、高親和性領域外受容体の活性化に影響を及ぼしていると考えられています。グルタミン酸のスピルオーバーはシナプス領域外のNMDA受容体、カイニン酸受容体、そして代謝型グルタミン酸受容体を活性化することができます。シナプス間隙から逃れたGABAは、シナプス領域外のGABAB受容体に作用し、シナプス領域外のGABAA受容体の持続的な活性化を引き起こします。


アストロサイトによる放出

もう一つの重要な観察結果として、ニューロンだけではなく、アストロサイトもグルタミン酸およびGABAを放出可能であるということが挙げられます。アストロサイトは、脳内でもっとも多数を占める細胞です。その数はニューロンの約10倍もあり、ギャップ結合によって連結しています。アストロサイトから情報伝達分子が放出されるしくみの大部分については、まだ明らかになっていません。グルタミン酸塩のカルシウム依存の小胞放出が提案されていますが、アストロサイトにおける緩やかな自発的カルシウムの変動を制御するしくみについては、ほとんど分かっていません。また、アストロサイトのネットワーク内でカルシウム信号が、どのような方法で増殖するのかも明らかになっていません。この問題に取り組むにあたり、我々は共焦点レーザー走査顕微鏡法を用いて、蛍光染料入りのアストロサイトのカルシウム信号を記録しました。アストロサイトもさまざまな神経伝達物質受容体を備えており、ニューロンとの双方向の拡散的通信に参加することができます。


「誘導テンプレート」の仮説

我々の仕事は、脳におけるシナプス伝達と可塑性の重要性を揺るがすことではありません。シナプス領域外の信号伝達は、シナプスへの作用によって、あるいは神経細胞の興奮性を変化させることによって、シナプスのネットワークに影響を及ぼすことができます。情報伝達分子(シナプスのスピルオーバー、非シナプスの神経分泌、アストロサイト)の分布源はシナプスのネットワークと空間的に共存し、シナプス領域外受容体に対する周囲の作動物質の濃度プロファイルを形成します。このプロファイルは、拡散と吸収の異方性によって形づくられます。シナプス領域外の不均質な信号は、シナプスのネットワークにおける情報伝達の指針となるテンプレートを形成します。このような「誘導テンプレート」は、脳内の情報処理のためのシナプス可塑性と同程度の重要性を持つ可能性を秘めています。


したがって、大幅な進歩を達成し、細胞から全身のレベルへと歩みを進めるために、我々はニューロンとアストロサイトの間の結び付き、そしてシナプスおよびその領域外における情報処理を勘案しつつ、脳細胞間の情報伝達の種類を慎重に探求することが必要です。このアプローチは、脳機能の基本的な理解を深めるのに役立つだけではなく、ニューロンのネットワークのシミュレーションや人工知能の構築、そして、自動化と制御のためのより精密なシステムを開発するための、より優れた、より特殊化された薬品を開発することに役立つ可能性があります。





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